お菊人形
DEAD END@心霊ストーカー軍団
〜お菊人形の由来より〜
大正7年、札幌市に於いて開催された大正博覧会を見物に、8月15日出札。狸小路の商店で、
妹菊子にお土産として買って来たオカッパの胸の鳴る人形であった。
菊子は、大変喜び、毎日人形と共に楽しく遊んでいたが、
不幸にして大正8年1月24日 3才にして死亡、
葬儀の際、大切にしていた人形を棺の中に入れ、持たせてやるのを忘れ、出棺後見つけたので、
お骨と一緒に仏壇にまつり、生前の菊子を思い出しながら朝に夕に回向しているうちに
いつともなく髪の毛がのびだした。
その後、樺太に移転することになり、昭和13年8月16日、
菊子及び父親助七のお骨と人形を万念寺に頼み出発……
終戦後引き揚げて追善供養のため万念寺に参詣納骨した時より髪の毛がのびており本当に
不思議なことと思い、お人形を万念寺に 納め先祖代々供養をお願いした次第です。
鈴木 永吉
ご存知の方も多いと思います。髪の毛が伸びる日本人形です。TVでも何度となく紹介されており、有名ですね。
是非見学したいと思い、近くまで行ったので見学してきました。
(2004年GW)
友人 「へ〜。ここなんだ〜。」
私 「うん。見学できるのかな?」
友人 「お参りの方は、こちらへ・・・」
私 「お^^見学できるじゃん。」
私 「まず、本尊におまいりして・・・」
本尊の右に”お菊人形”があった。
私 「お菊人形におまいりして・・・」
お菊人形の下には、
許可なく
写真撮影は
いけません
と書いてある。
私 「むむむ・・・」
更に右には、ソファーとテーブル、灰皿がある。
ソファーのところの壁には所狭しと、TVレポーターなどのサインが並んでいる。
テーブルの上には、万字炭鉱の資料や供養祭の写真アルバムなどが置いてあった。
それらを私と友人は、興味深く見入っていた。
すると・・・「いらっしゃい・・・」
突然、後ろから声をかけられ我々はビックリした。
謎の老人がソファーに腰掛けた。
謎の老人 「どこから来なすった?」
私 「○○です。」
謎の老人 「おお・・遠いところから・・ご苦労様・・・」
どうやら、住職さんらしい。
住職さん 「今日は雨降りだから、来る人が少ないな・・・昨日は天気が良かったから、5組も来なすった。」
住職さんから昔話などを聞かせて戴いた。
(う〜・・写真撮りたい・・・)
(無断撮影が、いけないのだ・・・撮影許可をもらえばOKだ・・・)
私は、ついに口火を切った。
私 「すいません。写真って撮らせて戴けませんでしょうか?」
住職さん 「・・・・」
住職さん 「お菊人形は、写真を撮ると綺麗に写らないそうじゃ・・・ピンボケに撮れるそうじゃ・・・」
私 「撮らせてもらえますか?」
住職さん 「・・・私が居ないときに勝手に撮っている人も居るみたいだね・・・今は携帯電話にもカメラが付いているようだからね・・・」
住職さん 「私が居ないときは、撮っているかどうか判らないからね・・・」
と言って、住職さんはス〜っと母屋に行ってしまった。
さすが住職さん。粋な計らいである。
しかし残念ながら、無断撮影禁止のため写真は有りません。
是非とも見たいかたは、サーチエンジンで検索すれば住所など判りますので、一度お参りに行ってみてはいかがでしょうか?
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