我路の不思議な話
トレゾー@心霊ストーカー軍団
私がまだ10代のころの話です。
我路といえば当時も今と変わらず「心霊スポット」として有名でした。
車を買いたての私は友人達と毎週のように我路に訪れていたのです。
今の我路とは違い、円形校舎以外にも映画館、病院、団地群など数多くの廃墟が残されていました。
我路に来るようになって4回目ぐらいのことです。
夜も更け、恐らく午前12時ごろだったと思います。
その日は友人のオフロードタイプの車に乗ってきていたので、団地を超えどんどん奥に入っていったのです。
どんどんと書きましたが、それほど遠くまで走ったわけではないと思います。
大きなズリ山を横目に見ながら、突然開けたところに出ました。
関係者以外立ち入り禁止、安全第一、火気厳禁など看板が立っています。
それらの看板を無視しさらに中へと進みました。
そこには大きな立坑櫓、選炭場、坑口から延びるプレハブのようなトンネル、
そしてその土地を埋め尽くすような建物群・・・・それはまさに炭鉱でした。
各建物には照明が付き、ベルトコンベアーが流れるような音、あらゆる機械の音がしていました。
元々釧路の太平洋炭鉱の側に住んでいたこともあり、炭鉱とはどういう物か知っていましたが、
実際に内部まで入っていくとその迫力に圧倒されました。
それらの施設は古さを感じさせず、手入れが行き届いていると言う感じでした。
人影は無かったのですが「あんまり奥まで入って見つかったら、怒られるぞ」と言う話になり、
Uターンして炭鉱を後にしたのです。
その時は何も疑問に思わなかったのですが、よくよく考えると・・・・
とっくに閉山しており操業しているはずが無いのです!!
炭鉱は昭和48年に閉山し、その時は既に19年も経っていたのです。
露天掘りなどは細々とおこなわれていますが、それとは明らかに違う施設なのです。
後日、何度か我路に訪れましたがその場所に2度とたどり着くことはありませんでした。
我々は遠い昔の幻覚を見ていたのでしょうか?
それとも時間をゆがませる何かが・・・
きっと何かが我々に繁栄していた頃の活気ある炭鉱を見せてくれたんだと思います。
炭鉱が日本を支えてきたと言うことを忘れ去られないように・・・・
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