赤墓2

DEAD END@心霊ストーカー 軍団

観光地化されています。

天下の号外屋翁の墓

信濃助治は、明治27(1894)年6月、衣類・コート・帽子・足袋のはてまで赤ずくめで来函

した。

同年11月、日清戦争の頃、彼は北海新聞の号外を函館市民にまいて”天下の号外屋”と称し

て売り出し、「赤服」と呼ばれていた。

「赤心」(いつわりの無い心)は日本武道の精髄を表すとして、すべて赤色を用いたとのこと

である。

日清戦争終結後は、戦勝記念に名将軍を訪ねて所を頼むなど、奇行の多い人だった

ので、当時の地元の新聞にも奇人として紹介されている。

函館市

 

 

 

本物の墓の裏側に書いてある字を読むと祟りがあるという・・・

祟りがあるのは単なる作り話です。

裏側です。

いろんな事件がある現代。

あの世でウズウズしていらっしゃるのかもしれませんね。

ご冥福をお祈りいたします。